クラシックシナリオに慣れていない方は、「何かしたいことがありますか?」と聞かれても、どう答えていいかすぐに思いつかないことがあると思います。何とかしたいですよね。そのためにはまず、クラシックシナリオと昨今の同人シナリオの構造の違いを理解する必要があります。
昨今の同人シナリオでは、探索者同士やNPCの交流が重要視されます。探索者のイラストを描き、ロールプレイで表現する、創作の延長のような遊びです。そのため、シナリオは世界観や観光地として機能し、キーパーはそのツアーガイド、プレイヤーは観光客という立場になります。プレイヤーはツアーガイドについていき、観光地を満喫することができます。
対して、クラシックシナリオでは、問題解決が重要視されます。まず解決すべき問題が提示され、それをどのように解決するかはプレイヤーに委ねられています。クラシックシナリオにおいては、シナリオは情報の塊であり、キーパーは試練を与える者で、プレイヤーは挑戦者です。
キーパーはプレイヤーの話を聞き、それを実現するための手段を提示し、可能か不可能か、できるかわからないか判断します。できるかわからない場合、ダイスロールを指示します。このプロセスを繰り返すことで、情報が明らかになり、クライマックスへと進んでいきます。
すなわち、昨今の同人シナリオとクラシックシナリオでは、セッションの進め方が異なります。
昨今の同人シナリオに慣れているプレイヤーは、シナリオに乗ることが大切だと考えがちです。シナリオが観光地である以上、正しい作法で観光した方が楽しいに決まっています。だから、何かと"正解"を求めがちです。
一方、クラシックシナリオでは、プレイヤーがやりたいことを宣言し、キーパーがそれにレスポンスする形でセッションが進みます。すなわち、進め方に正解はなく、どのような展開になるかはプレイヤー次第です。
あまりにも頓珍漢なことを言うと、キーパーを困らせてしまうのではと考えるかもしれません。しかし安心してください。令和にクラシックシナリオを回すような物好きなキーパーは、無理難題に対応できるだけのアドリブ力を持っており、そういう予想外な展開を処理することに喜びを見出すタイプの人間が多いです。
もちろん、あまりに的外れなことは「それは無意味だよ」と言うでしょうし、処理しきれないような奇想天外なアイデアは「今回は辞めてね」と止めることもあります。しかし、それはキーパーに迷惑をかけているわけではありません。一般的なセッションでも発生することなので、キーパーも承知の上です。
では、その上で何をすればよいかという話ですが、これは慣れの問題であり、パターンがあります。まず大切なのは、現実的に考えることです。
あなたが現実でこのような状況に陥ったらどうするかを考えてみてください。その上で、「この事件に関わらない」という選択肢は除外します。クトゥルフ神話trpgは探索者が事件を解決するゲームなので、それに参加しないのは論外です。
そうして思いついた行動は、大抵的外れではありません。ほとんどのキーパーはその提案を採用するか、少し修正した案を提示してくれるでしょう。
たとえば、殺人現場に居合わせた場合、まずは死体に触らず、警察に通報しましょう。え?離島にいる?じゃあ自分たちで解決するしかないですね。まず、この離島の中に殺人鬼がいることは確実です。そうですね、自衛のために武器を用意しましょう。次は死体を調べてみましょう。え?探索者の誰も<医学>を持っていない?じゃあ無理ですね。でも、他にも犯人の手がかりが残されているかもしれません。まずは死体を部屋の隅に動かして、部屋をよく調べましょう。目星は誰でもできますからね。
クラシックシナリオはこのような作業の繰り返しです。
プレイヤー資料が出れば、そこに出ている場所には大抵情報があるはずです。でも訪問するなら、偽の理由を考えておいた方がいいかもしれませんね。現場はもちろん、過去に似た事件がないか、図書館や新聞社、郷土資料館で調べ物をするのも良いでしょう。え?誰も図書館技能を持っていない?じゃあ老人に話を聞いて回りましょう。え?交渉技能すら持っていない?じゃあインターネットで情報を募るのはどうでしょうか。ところでキーパー、バズるかどうかは何で判定するんですか?
こんな感じです。プレイヤーはもっとキーパーに無茶ぶりをして構いません。もちろん、キーパーがよちよちの初心者でない場合に限りますが…
覚えておいてほしいのは、クラシックシナリオに正解の行動はないということです。あるのは、天才的な行動、模範的な行動、微妙な行動、意味不明な行動といった無段階のグラデーションです。そして、意味不明な行動であっても、奇跡的な噛み合い方をしてクリティカルに情報を引き出すこともあります。そこにTRPG特有の面白さがあります。つまり、あなたは提案を出し惜しむべきではなく、間違えなんてないから何を言っても恥じることはないのです。