外交システムから国名を消したら、第一次大戦が出てきた
そして、露土戦争だけが出てこなかった話。
台本を燃やすところから
自作の経済シミュレーションゲームの話をする。1783年から1934年まで、61カ国の世界が麦と石炭と鉄を作って売り買いし、その上に政治や戦争が勝手に立ち上がるのを眺める、というものを長いこと作り続けている。
先日、外交システムを全面的に作り直すことにした。きっかけは単純で、旧システムのソースコードに、事実上「イギリスとフランスは犬猿の仲」と書いてあったからだ。正確には初期ライバル表という名前のデータで、国名のペアと敵対度がずらりと並んでいた。
これは歴史の再現ではない。歴史の上演だ。台本に「仲が悪い」と書いてあるから仲が悪い国は、台本にない状況——たとえばフランスが革命に失敗して弱小国のままだったら——では、どう振る舞えばいいのか分からない。
そこでルールを決めた。外交のコードに固有名詞を書くことを禁止する。 イギリスともロシアとも書かない。書いていいのは「どんな国が、どんな国と、どうなるか」という形の文だけ。つまり、法則だけ。
こうして、法則を自分で見つけなければならなくなった。
最初の法則——余っている者同士は争う
各国の経済状態を、8つの品目カテゴリ(主食・燃料・繊維原料・金属・化学肥料・植民地物産・工業製品・金融)について「余っているか、足りないか」で測る。−1(深刻に足りない)から+1(売るほど余っている)までの目盛りだ。国ひとつが、8個の数字の並びになる。
このとき、二国の関係は次の三行で決まる、というのが最初の法則だった。
- 同じものを売りたい国同士は、敵対する。(市場の奪い合い)
- 売りたい国と買いたい国は、結びつく。(商売相手は殴らない)
- 同じものを欲しがる国同士も、敵対する。(供給源の奪い合い)
数学的にはこれは内積ひとつで書ける。二国の数字の並びを掛け合わせて足すだけ。符号が同じ(共に余る・共に足りない)なら競合、符号が逆(余る×足りない)なら補完。
これに減衰を2つ掛ける。第一に、関係を実際に動かせる強さは「弱い方の軍事力」が上限になる。力のない国との関係は、敵対ではなく無視か、あるいは獲物だ。19世紀のイギリスにとって清は「ライバル」ではなかった。ライバルという言葉は、殴り返してくる相手にしか使わない。第二に、距離で減衰する。隣町の商売敵とは喧嘩になるが、地球の裏側の商売敵とは悪口で済む。
余談だが、この式を書くとき、実装より先にテストを書いた。「両国とも工業製品が余っている→敵対のはず」という検算だ。内積は同符号で正になるから、「正=仲が良い」と思い込んで配線すると、世界中の敵味方が反転したまま、シミュレーションは何食わぬ顔で回り続ける。誰もエラーを出してくれない。この種の間違いは、間違えたことにすら気づけない。
観測——1914年の顔ぶれ
法則を書いても、すぐには世界に配線しなかった。まず観測だけをする。シミュレーションを1914年まで走らせて、この式が各国ペアに何点をつけるかを、ただ表にして眺める。
観測用の計器は3回作り直すはめになった。植民地の産物を数え忘れて全ての国が「植民地物産が足りない」仲間に見えたり、集計のタイミングを間違えて貿易が全部ゼロに見えたり、資本の流れの符号が逆でイギリスが借金国に見えたり。おまけに、この計器を磨いている途中で、ゲーム本体の資本移動の会計バグまで見つかった。望遠鏡を磨いていたら、自分の家が傾いていることに気づいたような格好だ。
そして3回目の観測で、表の上の方にこう並んだ。
1914年の敵対ペア上位:仏英、仏普、英普。
まだ計器に癖が残っているので話半分に聞いてほしいが、それでも、第一次世界大戦の顔ぶれの骨格が、国名を一切書いていない式から浮かび上がった。工業製品が余った国same同士が、互いの市場を奪い合う構図。台本は書いていない。書いたのは「余っている者同士は争う」の一行だけだ。
やった、と思った。そして、表をもう一度見た。
露土——ロシアとオスマン帝国の点数が、ほぼゼロだった。
出てこない戦争
露土戦争は、このゲームが扱う151年間だけで6回起きている。1787年、1806年、1828年、1853年(クリミア戦争)、1877年、そして1914年。ヨーロッパで最も律儀に繰り返された戦争と言っていい。
それが、経済の内積からは出ない。計器を3回作り直して、3回ともゼロ付近だった。
考えてみれば当然だった。ロシアは穀物を輸出し、オスマンの経済は正面からそれとぶつかっていない。売りたいものも、欲しがるものも、たいして重なっていない。経済だけを見れば、この二国は殴り合う理由が薄い。なのに、この二国ほど殴り合った組はない。
地図を見る。ロシアの小麦は黒海沿岸の港から積み出される。黒海の出口は、ボスポラス海峡ただ一つ。その海峡の両岸に座っているのが、オスマン帝国だ。
第二の法則——生命線と咽喉
そこで、二本目の法則を足すことになった。
国は、自分の生命線を扼(やく)する相手と対立する。そして、依存している側が、現状の変更を望む。
後半が要点だ。この対立は非対称になる。海峡を扼している側は、現状に何の不満もない。困っているのは通る側だけ。だから「現状を変えたい」と百年単位で言い続けるのは、必ず依存している側になる。露土戦争は、どちらが先に宣戦したかは回によってまちまちだが、海峡の現状変更を望み続けたのは一貫してロシアだった。
そしてこの法則も、国名なしで書ける。必要なのは「出口が一つしかない海と、その出口」の一覧表だけだ。
- 黒海 → ボスポラス海峡
- バルト海 → エーレスンド海峡
- 紅海 → バブ・エル・マンデブ海峡
- 地中海 → ジブラルタル海峡
これは地理の定数であって、歴史の台本ではない。海峡を扼する国が戦争で入れ替われば、対立の矛先もちゃんと付け替わる。
歴史的な裏付けと、通用する年代
自分のゲームの中の話だけでは法則とは呼べないので、史実と突き合わせてみる。
経済の法則が効く年代——およそ1650年から1945年、最盛期は1870〜1914年
この法則は、世界市場が「有限の取り合い」に見えていた時代に最もよく効く。
- 売りたい者同士の敵対:一番古い綺麗な例は英蘭戦争(1652年〜)。海運と商業で食う国が二つ並んだら、三度戦争になった。最盛期は英独対立で、1896年にはイギリスで『メイド・イン・ジャーマニー』という書名の警告書がベストセラーになり、建艦競争を経て1914年に至る。1930年代の大恐慌は「全員が売り手に回って買い手が消えた」状態で、市場のブロック化がそのまま次の大戦の助走になった。
- 売り手と買い手の結合:イギリスとポルトガル。1386年のウィンザー条約以来、現存する世界最古の同盟で、1703年のメシュエン条約は毛織物とワインという教科書のような補完関係だった。
- 欲しがる者同士の敵対:列強のアフリカ分割(1880年代〜)、肥料と火薬の原料だった硝石やグアノをめぐる争奪、下っては魚をめぐる英・アイスランドのタラ戦争(1958〜76年)まで。
1945年以降、この法則は消えていない。ただし減衰器がついた。 核兵器と国際機関だ。同じ力は今も働いているが、出口が戦争から貿易戦争に変わった。1980年代の日米摩擦、2018年からの米中対立は、法則の現代形だと思っている。
なお、経済と地理の交点で最も鮮烈な例は1941年の日本だ。石油の禁輸——生命線の遮断——から開戦までが4ヶ月。「依存している側が現状の変更を望む」の、最も痛ましい実演になっている。
地理の法則が効く年代——ほぼ無時効
こちらの法則には、賞味期限が見当たらなかった。
- エーレスンド海峡税(1429〜1857年):デンマークがバルト海の出口で400年通行料を取り続け、北欧の戦争の火種であり続けた
- 東方問題(1774〜1923年):上述の露土6連戦
- ジブラルタル大包囲(1779〜83年):スペインによる奪回の試み。以後も燻り続けて現在に至る
- スエズ危機(1956年):運河国有化の宣言から英仏の出兵まで3ヶ月
- マラッカ・ジレンマ(2003年〜):中国が公式に口にした、石油輸入の8割が通る海峡への不安
- 紅海危機(2023年〜):バブ・エル・マンデブが撃たれた途端、世界の海運が喜望峰回りに戻った
500年前の海峡税と今年のニュースが同じ形をしている。地理は変わらないからだ。変わるのは、通る品物だけ。
後日談——車輪の再発明について
ここまで書いた法則を「自分で見つけた」と思っていたのだが、調べてみたら、先行研究だらけだった。
「余っている者同士は争う」は、レーニンの帝国主義論(1916年)が資本の過剰について言ったことと骨格が同じだった。「経済の内部状態から対外圧力を計算する」という発想ごと、1975年に側圧理論(Choucri & North)という名前で、第一次大戦を対象に計量モデル化までされていた。「依存している側が暴発する」は貿易期待理論(Copeland, 2014年)として定式化され、代表例まで同じ1941年の日本だった。
極めつけは、政治学の戦争研究における定説だ。「経済変数だけでは、領土や位置をめぐる持続的な対立は説明できない。領土問題こそ戦争の最大の予測因子である」——つまり、私の内積が露土戦争を出せなかったのは、式が間違っていたからではなく、出せないのが正しかったのだ。学界は何十年もかけて「経済の説明」と「地理の説明」が別物であることを突き止めていて、私は3回の観測で同じ崖に落ちて、同じ処方を選んでいた。
百年ぶんの論争を3時間で追体験しただけ、と言えばそれまでだ。ただ、負け惜しみでなく、これはむしろ一番の収穫だったと思っている。台本を一行も書かず、構造だけを書いたら、歴史家や政治学者と同じ場所に出た。自分の式が何か本物を掴んでいることの、これ以上ない傍証だからだ。
シミュレーションを作ることの効能は、たぶんここにある。歴史の本を読むだけでは「書いてあること」しか分からない。だがプログラムに翻訳して走らせると、欠けている項が音を立てる。露土戦争が150年間一度も起きない世界、という形で。
コンパイラは欠けている法則を教えてくれない。シミュレーションは教えてくれる。




